Vol.01 – スイッチをつける

「照明デザイン」と出会ったきっかけ

照明デザインの世界にのめり込んでいくきっかけは、照明のスイッチを点灯するところから始まりました。

北欧ログハウスの設計アシスタントとして働いていたときのことです。当時は、新卒で入った会社を辞め、以前から目指してきた建築デザインの仕事に就いて数カ月。初めて任された仕事が電気図の作成でした。スイッチやコンセントの位置、スイッチと照明をどうつなぐのかを描くのが電気図なのですが、使い勝手などを考え出すと結構面白い! 照明器具のデザインを選ぶことも楽しかったのですが、どちらかというと、人がどう行動するか、生活に必要十分な明るさが確保出来ているかなど、理論的に考えることが好きでした。

初めて照明計画を担当したログハウス

そして、試行錯誤を重ねた計画が初めて完成を迎えた夜の現場。

ペンダントライトから漏れる白熱灯の温かみのある光が、テーブル面を反射して柔らかく木壁に溶け込んでいて、ぐるぐる回るシーリングファンの影が天井に映りこんで、何やらノスタルジックな雰囲気。

初めてのお客様の好みが暗めの雰囲気だったことは、今思えばとてもラッキーだったのですが、「照明でこんなにも雰囲気が変わるのかー!!」と頭を叩かれた感じで、あのときの感動とその感覚は今でも鮮明に覚えています。 あの「電気のブレーカーを入れた瞬間」が、私の人生を大きく変えてくれたのかもしれません。


照明の世界へ飛び込む

照明デザインを本格的に目指そうと思った私は、本屋で当時売れていた住宅照明のバイブル本「高木英敏の美しい住まいのあかり」を見つけ、その本を毎日ボロボロになるまで読み込んでいました。そして、思い立ったら行動をと、本を片手に握りしめて、本の発行元である照明器具メーカーの門を叩き、デザイン職として運よく採用してもらうことができたのです。

本の著者である高木さんには、デザインの基礎から照明計画の詳細な考え方やお酒の飲み方まで、本当にたくさんのことを教えてもらいました。「エアコンを照らすな(怒)」とか「間接照明が丸見えやないか(怒)」と何度も怒られていました(笑)

東京で仕事をしていた頃は、年に100件以上のペースで照明計画を行っていて、嫌でも照明デザインの基礎が身についたと思います。今思い返すと、本当にあっという間の日々でした。

そんな中で、照明デザイナーとして大きな転機となった印象深い出来事が、3月11日の東日本大震災でした。東京ももれなく計画停電を余儀なくされ、全てが闇に包まれたのです。街灯はもちろん、煌々と明るかったコンビニもスーパーも全てが暗闇の中に。

いつも見ている自分の部屋にも違和感を感じたのです。「照明のスイッチをつけないときの暗さ」というのは、ルーターについてるLEDインジケーターの光、壁のほたるスイッチ、カーテンの隙間から入ってくる街灯からの光など、自分では真っ暗だと思っていた空間にはいつも微かな光が存在し、知らぬ間に私たちの生活空間を照らし続けていたのでした。それに対して、「電気が全くないときの暗さ」は、まさに闇。これらは全く違うことに気付かされました。

当たり前のように過ぎる日常では見つけることができない、極限の暗さの中でしか見えなかったそれらの光は、私の陰影に対する意識を明確に変え、光と闇それぞれがもつ特性や魅力を改めて考えさせられるきっかけとなりました。

計画停電で全てが闇に包まれた東京

それから数年経ち、お世話になった照明メーカーを退社し、光が持つチカラとは何なのだろうと海外へ出ることにしました。スコットランドへの留学、 シンガポールの照明デザイン事務所での大型プロジェクト、世界中の様々な光の文化に触れる旅を経て、今に至ります。

「照明のスイッチをつける」というあの日の何気ない日常の動作は、私の人生を大きく変えた特別な瞬間だったのかもしれません。