グラスゴー(スコットランド) – WORLD LIGHTING DISCOVERY
産業革命で栄えたスコットランドの中心都市
グラスゴーは、イギリスはスコットランド地方のクライド川沿いに位置している人口約60万人の都市です。18世紀から20世紀にかけて産業革命により、綿工業や造船業で栄えました。歴史も古く、スコットランドの中では人口・経済ともに1番大きいのですが、一時は造船業の衰退とともに、貧困や麻薬、犯罪率の増加が社会問題になっていました。近年は金融業によって持ち直し、少しずつ街の再開発や整備が進み、地価も高騰し始めています。スポーツやアート、音楽も盛んで(サッカーの中村俊輔選手が在籍していたセルティックが有名ですね)、アーツアンドクラフツ運動の発祥の地でもあります。チャールズ・レニー・マッキントッシュの建築なども有名で、観光業も首都のエディンバラに続いて2番目の規模となっています。
グラスゴーの街並は、古くに赤砂岩で作られた建物が特徴的です。特に、中心部であるソーキホールストリート(Sauchiehall Street)やブキャナンストリート(Buchanan Street)周辺は、景観保存の観点から既存の建物をそのまま再利用した「リノベーション」が中心となっており、時代が変化していく中でも、自らの歴史や文化を紡いでいく様子を目の当たりにすることが出来ます。多くの店舗が立ち並び、週末には観光客や地元の買い物客で賑う、スコットランドのファッションやアートの発信地のひとつです。近代建築も郊外にいくつかありますが、住居や飲食店、スーパーマーケットなどの商業施設、医療施設などの全てが歴史的価値のあるこの景観の中に融合しています。
また、スコットランド地方と言えば外せないのがスコティッシュパブ。グラスゴーでも街のいたる所で見かけることのできるスコティッシュパブは、古い歴史を持つクラシックなスタイルから、今時のモダンなスタイルのものまで様々です。スコッチウイスキーももちろん豊富な種類ありますが、ビールやカクテルなど、幅広い選択肢があります。
1792年から続いているグラスゴーでも最も古いパブのひとつ「THE SCOTIA」は私のお気に入りで、友人に連れられてよく行っていました。カウンター周りやウイスキーのボトルがハロゲンのスポットライトで照らされている以外は、壁のブラケットライトの光だけのいたってシンプルな照明なのですが、レトロで懐かしさを感じさせる雰囲気の明かりです。
運が良いと、定期的に行われているライブ演奏も聴くことができます。あまりの雰囲気の良さに、ついついお酒が進んでしまうのはお店の作戦ですね。空間の雰囲気は、視覚だけでなく聴覚や嗅覚などの五感を使って感じるものだと改めて教えてくれます。
パブによっては、アコーディオンのライブ演奏の他に、演奏に合わせて自由参加でダンスを踊ったり、陽気な雰囲気な中で美味しいスコッチウイスキーを楽しむことが出来ます。スコットランドを訪れたら、ぜひ足を運んでみて欲しい場所のひとつです。
目まぐるしく移り変わるグラスゴーの空
スコットランド地方の天気は曇りや雨が多く、グラスゴーの街も灰色の空のせいで暗く沈んだ気持ちになりがちです。気温は極端に下がることはありませんが、夏も最高気温20℃前後まで上がったと思ったら、すぐに秋へと変わってしまいます。本当に天気が変わりやすく、特に秋から冬にかけては、朝晴れていたと思っていたら突然雨が降ってみたり、暴風が吹いたり、雪が降ったりと、とにかく目まぐるしく変わります。傘は突風ですぐに壊れてしまうため、多少の雨なら傘を差さないという人も多いです。
そのせいか、太陽が出ている暖かい日は、日本にいるときよりなんだか嬉しい気持ちになります。また、晴れの日は季節や時間によって空が様々な色に変化し、街の風景も違った表情を見せてくれます。
スコットランドの人々の自然光に対する意識は建築にも表れています。グラスゴー市内にある建物に目を向けてみると、自然光を空間の中に取り込もうと天窓を設置し、採光を大きくとっているものが多いことに気付きます。普段はどんよりした曇り空のグラスゴーですが、これらの天窓は、室内の明るさを補うことはもちろん、日々変わる空の色がコントラストとなって空間に彩りをもたらします。2014年、2018年と、2度に渡る火事によって焼失してしまいましたが、グラスゴーの建築や文化に大きな影響を与えたチャールズ・レニー・マッキントッシュ設計のグラスゴー美術学校(1909年)の建築も、渡り廊下やエントランスホールにスカイライトを設けており、採光が大きく取られていることが知られています。
グラスゴーは緯度55°と高い場所に位置しているため、日の昇る高さに大きな差があります。夏は深夜近くまで薄明るく、冬は朝9時くらいから明るくなって14時頃には暗くなり始めます。春から夏にかけて、太陽が出ている時間が長くなると、昼からパブでお酒を飲む人の姿が多く見られるようになり、完全に空が暗くなるまであちこちでパーティが続きます。一方で、冬にかけては、早い時間に仕事や勉強を切り上げて帰宅する人が目立ち始めます。
私たちの目では、常に明るい場所、暗い場所に順応する機能が働いています。明るい場所では色に敏感になり(明所視)、暗い場所では明暗に敏感になります(暗所視)。太陽が沈んでから完全に暗くなるまでの薄明かりの時間帯を「薄暮」と言いますが、この時間帯では、この明所視から暗所視に変わる「薄明視」という状態になって、青色がより鮮やかに見えるようになり、さらに微かな明るさにも敏感になります。日本では1時間程度あるかないか、あっという間に昼と夜が逆転してしまいますが、グラスゴーではこの薄暮の状態が長い時間続きます。
スコットランド地方では、この薄暮の時間を「グローミング」と呼び、自分の感情を表現するときに使うことがあります。北欧でも「ブルーモーメント」と呼ばれるこの時間帯は、高緯度地域に住む人にとって身近で特別な時間であり、光に繊細になっている私たちの目でこの濃青とオレンジの暖かい光の色のコントラストを見ると、その美しさに私たちの心は揺れ動かされるのかもしれません。
これらの壮大で美しい空のグラデーションと、少しずつ灯り始める街の灯りが重なる美しい情景は、グラスゴーの街のあちこちで出会うことが出来ます。
青い光は犯罪防止に効果がある?!
グラスゴーの照明と言えば、ブキャナンストリートの青色の街灯が有名です。 前述のとおり、グラスゴーは産業の衰退とともに慢性的な不景気に陥り、貧困やギャングが増え、薬物や窃盗、殺人などの犯罪率がとても高いことで有名でした。元々は景観改善のために青色の光が採用されたのですが、これによって犯罪率が改善したことが注目されました。それを聞いた人々が「青色は犯罪抑制に効果がある!」として、日本でも駅での自殺防止や犯罪抑制のための青色の街灯を設置が行われています。
これには諸説あって、青色は沈静色だから犯罪を起こす気持ちを失くすのではないか等、今も様々な観点から研究がなされています。ただ、実際に青色照明によって改善したのは麻薬関連犯罪であり、これは薬物を注射する静脈が見えなくなったからと言うのが本当のところのようです。
青色は明るく見えずらい光なのですが、ここでは強い放電灯の光に青色のフィルターをかけて色を作り、フィルターなしの光とも混色していました。照度測定こそしていませんが、見た目にはそこそこ明るく感じました。青色だけでは不気味に見えますが、路面店から漏れる光や鉛直面を照らす暖かい色の光と上手く溶け込み、そこまで大きな違和感はありませんでした。
さらに、中心部から外れたグラスゴー市内の街灯について注目してみると、トンネル等で使われている低圧ナトリウムランプをあちこちでよく見かけました。 (グラスゴーの大きな通りの多くは、より演色性の高い高圧ナトリウムランプやLEDに置き換わっていました。)
日本でも道路照明には高圧ナトリウムランプを使っている場所はまだたくさんありますが、低圧ナトリウムランプを使っているのはあまり馴染みのない光景です。
実際に、低圧ナトリウムランプだけの街灯が並ぶ通りを歩いてみると、青も赤も全てが黄色一色に見えるため、自分が何やらセピア色の中世ヨーロッパの古い映画のシーンにいるような、何かノスタルジックな感覚になったのがとても印象的でした。
市内は再開発も進み、グローバル化や技術革新が急激に進む現代で、こうした古い光源は消えゆく運命なのだと思います。しかし、街を長きに渡って照らし続けたこれらの光もまた、グラスゴーが持つ光のアイデンティティのひとつと言えるのかもしれません。