ストックホルム(スウェーデン) – WORLD LIGHTING DISCOVERY

スカンジナビアを代表する「水の都」

ストックホルムはスウェーデンの首都で、人口もおよそ100万人近くに達する北欧諸国の中でも一番大きな都市です。豊かな自然に囲まれているスウェーデンは環境政策の先進国であり、水も空気も綺麗な住みやすい街としても知られています。14の島々から構成される水の都であるストックホルムは別名「北欧のヴェネツィア」とも呼ばれており、有名なジブリ映画「魔女の宅急便」の舞台のモデルとなったと言われています。

中心部にあるガムラスタン(旧市街)の美しい街並みや、グンナル・アスプルンドとシーグルド・レヴェレンツが設計し、世界遺産にもなった「森の墓地」などが有名です。他にも、数多くの建築物がストックホルムを訪れる人々の心を虜にしています。


ストックホルムでは主に金融業やIT産業が盛んで、Spotifyなどは世界的にも知られている企業です。また、北欧デザインとしてのスウェーデンの家具やテキスタイルなどは日本でも人気があり、世界的なブランドやアーティストも数多く輩出しています。そういったデザインやアートの数々をストックホルムの街ではいたるところで見かけることが出来ます。

日本では良い側面ばかりが取り上げられがちなストックホルムですが、シリア紛争以後の大量の移民流入による犯罪率の上昇や、特にストックホルムにおいては住宅の供給不足や複雑な賃貸制度によって、アパート賃料の高騰を招いており、深刻な社会問題にもなっています。




美しい空と海に囲まれるストックホルム

 

スウェーデンの世界遺産「森の墓地」(11月の14時頃撮影)

 

照明デザインを学ぶならストックホルム?!

ストックホルムを赤く染める朝焼けの光

 

ストックホルムは、北緯59.2度と高緯度に位置しており、アイスランドやスコットランドと同様に、夏は日が長く、冬は日が短くなります。

日本にいるとそこまで意識することはありませんが、太陽が出ている時間や空の明るさは私たちの健康にも影響を与えます。こういった自然光とリンクする体内リズムを「サーカディアンリズム」という言葉で表すことがありますが、夏と冬で太陽の出ている時間の差が大きい、ここストックホルムではそれを正に体現することが出来ます。

夏は深夜を過ぎても薄明るく、人々も遅くまで外に出歩いています。とても楽しい気持ちでお酒を飲んだり遊びに出ることが多くなる一方で、冬になると一日の中で暗い時間が長く続きます。「季節性うつ」という病気があるくらい、無気力で気持ちが落ち込んだりするのですが、高緯度地域で生活していくためには、この「暗い冬をどう楽しく過ごすか」がまさにキーポイントになるわけです。


実は、私もこの太陽の光がもたらす影響を自ら体感しようと、最初の留学先の候補としてこのスウェーデンを考えていました。当時、ストックホルムから南へ向かったところにはKTH(スウェーデン王立工科大学)があり、そこでは修士課程として1年間の建築照明デザインコースが提供されていたため(現在はキャンパスを移転)、まさに理想的な環境だと思って、ここを目標にして頑張ってきました。世界中から国籍もバックグラウンドも様々な生徒たちが集まってくる非常に魅力のあるコースです。


[ KTH – MSc Architectural Lighting Design ]
https://www.kth.se/en/studies/master/architectural-lighting-design/

今となっては懐かしいですが、私もKTHのコースの指揮を執っているJan Ejhed教授に事前にアポイントを取って、留学準備期間中にはパワーポイントの資料を作り、日本から飛行機に乗って、つたない英語でプレゼンテーションしに行きました。LED光源が開発されるずっと前、まだ建築照明デザインに対する認知が低かった頃から教授はこのKTHで教鞭をとり、光をデザインすることの魅力や楽しさをたくさんの生徒たちに伝えてこられたそうです。

私の場合は運が悪く、教授が引退されるタイミングと留学するタイミングがちょうど重なってしまい、コースが一時的に閉鎖され、結局スコットランドという別のフィールドで学ぶことになりました。現在はキャンパスも移転して、別の方がこの建築照明デザインコースを引き継がれているようです。これまでも正規留学・交換留学などを通じて、KTHで建築照明デザインを学んだ日本人も珍しくなく、卒業後は照明デザイナーとして活躍されているそう。

2011年頃までは学費が無料だったときもあったのですが、EU圏外からの生徒が大量に増えてスウェーデンの財政を圧迫したことなどから、EU圏外であるアジアやアフリカからの正規留学で入学する生徒には高額の学費が課されるようになりました。また、先述の住宅供給の問題もあり、留学のハードルが年々上がっていることも事実ですが、ストックホルムでは照明の家具・照明展示会や、KTHやドイツのヴィスマール大学が主催する光に関するシンポジウムなども行われており、照明デザインの学び先の候補としてオススメできる場所のひとつです。


かつて建築照明デザインコースがあったKTHのHaningeキャンパス
昇降天井が備えられた光の実験室(当時)
毎年ストックホルム家具照明フェアも行われている

 

柔らかな光が広がるストックホルム市立図書館

ストックホルムを訪れた際にぜひ立ち寄って欲しいのが、世界一美しい図書館のひとつとされているグンナール・アスプルンドの手掛けた1928年竣工の「ストックホルム市立図書館」です。明るさが抑えられた細い入り口の階段を登っていくと、円柱上の中央閲覧室には360°壁面一面に書棚が広がっており、その迫力と美しさはまさに圧巻です。これがおよそ100年近く前に設計された物とは到底思えない、北欧モダニズムを代表する美しい建築のひとつです。

本棚上部に設置された吹き抜けのアッパー方向への照明や、本を照らし出す間接照明が空間全体を柔らかく引き立てています。ついこの美しさに目が行きがちですが、おそらくこれらは1928年竣工当時のアスプルンドの設計にはなかった演出ではないかと考えます。というのも、こういった光は少なくとも蛍光灯のようにハイパワーで広がる光源がなければ実現できないからです。1928年と言えば、まだ白熱灯が中心で、高効率で明るい蛍光灯は1940年以降に開発された光源なので、途中の改修の際に加わった演出なのかもしれません。

円柱上の吹き抜け上部には窓が360°ぐるっと囲むように設置されており、太陽がどの位置に来ても自然光が室内へと差し込むような設計となっています。時間や季節によって差し込む角度や光量が変わり、空間が見せる表情が変わっていく様子をデザインしたのではないかと私は推測しています。

とはいえ、この中央閲覧室の照明計画は、器具自体が建築の中に溶け込んでおり、その存在をうまく消しています。光だけが取り出されて書棚や吹き抜け空間を照らし出している様子がとても美しく、アスプルンドが作り出した造形をより引き立てていることも事実です。(ランプメンテナンスが行き届いていないのか、ところどころランプが切れていているのがとても残念ではあるのですが…)

近くに寄って覗いてみると、使用されている光源は蛍光灯で、本棚を照らしている照明ボックスにはルーバーが設置されており、きちんと横からの視線にも配慮されています。光源は場所によっては2本入っており、上部にも光が抜けるような仕掛けになっていました。

他にも、自習室のような部屋の壁と天井の入隅はアールで処理されていて、取り込んだ自然光を柔らかく反射するような仕掛けが施されています。

将来的には、時代に合わせて再び改修が行われ、LED化も進んでいくのでしょうが、歴史的資産であるストックホルム市立図書館に、これから現代的価値がどのように付加され、紡ぎながら後世に伝わっていくのか、非常に楽しみですね。




ぼんやりと浮かび上がるストックホルムの夜景

ストックホルム中央駅から徒歩10分程歩くと、歴史のあるストックホルム大聖堂やリッターホルム教会、王宮が建ち並ぶ旧市街ガムラスタンが見えてきます。石畳が広がる風情のあるレトロな街並は、ストックホルムを訪れた際の観光の中心地であり、たくさんの観光客を魅了してやまない、ストックホルムの象徴的な場所です。

冬は16時を過ぎれば陽が沈み、夜になって建物が照明によって少しずつ浮かび上がってきます。ストックホルムで行われていた照明シンポジウムに参加した後、このガムラスタン周辺を歩き回りながら街の光を探索していたのですが、これまで見てきた光の情景とはやや異なる違和感を感じました。

他の国では、建物を下から強い光で照らし上げるようなライトアップや派手な光で賑わいを演出していることが多いのですが、ここでは何かガツンと強い印象を感じるような光がほとんどなく、街全体がふんわりと柔らかく浮かび上がるように照らされていることに気付きます。ガムラスタン西側の島に位置するリッターホルム教会はガムラスタンでも高さの象徴的な建物のひとつですが、輪郭を強調するような強い光ではなく、柔らかい陰影によって表現され、周囲の街並に溶け込んでいるようでした。


ガムラスタンに柔らかく浮かび上がるリッターホルム教会 

王宮の外壁もまた柔らかい光で優しく街を彩る

王宮もまた、周囲の街灯からの光を取り込みながら、外側からの投光器の光だけで柔らかく浮かび上がっています。多くの建物が、自身を強調して「見せる」というよりは、周囲と調和を図りながら、街の一部として存在している印象です。

街灯もよく見てみるとグレアに配慮した設計がなされているものが多く、光源が直接見えにくいカバーが一部に設置されていたり、一度シェードに光をバウンドさせて周囲に光を広げるようなタイプもありました。こうした照明は、ギラギラした街灯に比べれば明るさは落ちますが、特に暗くて危ないという雰囲気ではなく、歩くにも十分です。むしろ、視環境に優しく、強く建物を照らさなくても自然と目が建物へと向かいやすくなります。街のあちこちに光のオブジェやアートも点在しており、ストックホルムの街が持つ心地の良いほの暗さも相まって、より引き立って見えました。

世の中には、明るく派手に照らしたり、テクノロジーを使ったエンターテイメント性のある光の表現など様々ありますが、あえて暗く抑えることもまた、建物や街の表情をその陰影で上手に見せるためのテクニックなのだと改めて認識させられます。


外壁に設置されたランタンのような照明が柔らかく周囲を染め上げる

ガムラスタンからストックホルム中心街へのびるリクス通り

浮かび上がる光の船はなんとホステル!

光階段のインスタレーションなども

このストックホルムという街は、私にとって照明デザインをより深く学ぼうと思わせてくれた原点であり、今でも思い出深い街のひとつです。街や建物の明るさは過剰なものが少なく、それがまた美しい。まさに北欧の人々が持つこの光のアイデンティティは、光を足して派手に照らすことが全てなのではなく、時には光の引き算を行いながら、詳細に陰影を作り出すという感覚の大切さを私たちに教えてくれます。

ストックホルムを訪れる機会がもしあれば、水の都としての昼の美しい街並だけでなく、夜のほの暗い心地よさもぜひ感じてみてください。