バルセロナ(スペイン) – WORLD LIGHTING DISCOVERY
ヨーロッパ屈指の絶大的人気を誇る国際観光都市
スペインのマドリードに次ぐ第二の都市バルセロナは、イベリア半島の北東岸の地中海に面した平野に位置しています。カタルーニャ州の州都で、人口は約160万人、周辺の都市圏を含めると全体で約550万人に達します。
バルセロナの歴史は古く、その起源は紀元前のローマ時代までさかのぼります。旧市街にあるバルセロナ歴史博物館の地下には、ローマ時代当時の遺跡が今も保存されていて、その片鱗を垣間見ることも出来ます。12世紀を迎える頃には王国を構成するひとつの勢力として活気のある港町へと変貌を遂げました。しかし、その後は数々の紛争や侵略を経験して荒廃と発展を繰り返しつつ、1970年代の独裁政治の崩壊をきっかけに、現在の文化的都市として繁栄してきました。
1992年にはバルセロナオリンピックが開催され、これを契機として街のインフラ整備が進み、今では年間3200万人もの観光客が訪れるスペイン随一の観光都市となっています。ファッションやアート・デザインの中心地でもあり、FCバルセロナなどの有名サッカークラブが有名なバルセロナは、日本人にとっても認知度の高い人気観光地のひとつです。
観光業はバルセロナのGDPの多くを占めており、さらなる観光客の急増で、街の経済は潤い続けています。一方で、最近では地価の高騰、素行の悪い観光客の存在による副作用も見られるようになりました。これが地元民の観光客に対するヘイトや不満につながっていて、観光地の相次ぐ有料化や、新規参入を制限する条例制定など、バルセロナ市は観光客の削減にも乗り出さなければならない難しい舵取りを迫られています。
もちろん、バルセロナは観光業だけというわけではありません。地中海に面している地理的な利点により昔から漁業も盛んです。マーケットには豊富な海産物や農産物が並んでおり、その鮮やかな色彩は道行く人の目を釘付けにしてしまいます。
ちなみに、生ハムが売られているお店では、肉の赤みを増してより新鮮に見える照明器具が使われていました。たまに日本のスーパーでも見かけることがありますが、周りもピンク色に染まるので個人的にはあまり好まない手法ですが、スペインではこの手の照明をみかける機会が多くありました。
自然が持つ造形に魅了されたガウディの建築
バルセロナの観光の目玉となっているのが、アントニオ・ガウディの残した建築遺産の数々です。未だ未完成の「サグラダ・ファミリア」には年間で320万人もの観光客が訪れる人気ぶりです。以前は、完成させるのに100年以上かかると言われ、私も生きてるまでには見ることが出来ないと思っていました。しかし、現代技術の進歩により2026年の完成にむけて、現在も急ピッチの作業が進められています。
未完成とは言え、礼拝堂の中に入ることは可能です。事前にインターネットやチケット販売所にてチケットを購入し、指定された入場時間にのみ入ることが出来ます。
入場ゲートを進むと、サグラダ・ファミリアの有機的な形状の建物と、細かな装飾に彩られた正門ファサードが目の前に姿を現します。そのディテールの細かさやスケール感に圧倒されながら、礼拝堂内部へと誘導されます。
中へと入ると、そこは息をのむような圧倒的な空間の高さと装飾の数々。まるで高木に覆われた森の中に迷い込んだような、どの教会建築でも見たことのない独特な世界観が広がっていました。
やはり特筆すべきなのは、空間の中に取り込まれた圧倒的で美しい自然光の織り成す陰影です。
天井にはダウンライトのような人工的な光も存在しますが、あくまで補助的なものに過ぎず、日中はサイドから差し込む自然光が空間全体を支配しています。
空間の周囲は窓から差し込む光で明るい一方、空間中央に配置された祭壇は強い光で照らされるわけでもなく、成り行きで明るさがだんだんと抑えられていきます。まるで、外殻を光が包み、核となる中央がその光で守られているような、そんな印象を受けます。また、祭壇からは外側へと視線も抜けやすく、視覚的な空間の広がりが感じられます。
これは、陽の光が差し込みにくい森へ入ったときと同じような構図です。木々の葉で覆われた森の中というのは光が遮られて暗く、相対的に森の外が明るい。そうすると、森の中にいる人の視線は外へ抜けやすくなります。これを「サバンナ効果」と言いますが、この視覚的効果が、私がまるで森の中に入ったような印象を受けた理由のひとつなのかもしれません。
礼拝堂の東西に配置されたステンドグラスを透過して色を得た光は、空間全体をその色で染め上げていきます。赤や橙、黄色、黄緑、緑、青と、様々な色によって有機的な形状の柱や天井を彩っていました。ステンドグラスを用いることは教会建築として決して珍しいものではありませんが、サグラダ・ファミリアの特徴は、配色が東側は「緑+青」、西側は「緑+赤」の同系色でまとめられており、少しずつ色合いも変化しています。
この「東に青、西に赤」が配色されている理由について推測してみると、朝、陽が昇り、午前中に東から陽が差し込むときは自然光の色温度が高くなる(白や青の光)変化なのに対し、正午を挟み、午後から西から陽が差し込むときは自然光の色温度は低くなる(橙や赤)動きと共通しています。差し込む光の色を敏感に感じとり、その光が空間によりなじむステンドグラスの色は何かを知っていたのかもしれませんね。常に自然からインスピレーションを受けているガウディらしい、計算しつくされた仕掛けと言えるかもしれません。
ガウディが残した建築はサグラダ・ファミリアだけでなく、邸宅・集合住宅であるカーサ・ミラや、グエル邸、カーサ・パトリョなど、ガウディの建築群がバルセロナ市街に点在しています。
どの建築も植物のツタや花、貝殻、動物の骨格など、自然界に存在する「造形」には必ず理由があるという考えに基づいて、建築造形もまた様々なインスピレーションを受けた独特のモチーフで形づくられており、自分が持っていた建築の常識を一変させるようなその発想にとても驚かされました。
ガウディの建築の中で見つけた面白い仕掛けや造形はたくさんあるのですが、特に印象深かったのは、カーサ・ミラにある回廊の間接照明です。初めにこの回廊に入ったとき、普通に間接照明が空間を照らしているのだと思ったのですが、実はなんと光が出ているところは外へとつながるただのスリット(!) 空間の明暗差を利用したこの自然光の間接照明を見て、自身の光の捉え方について改めてハッとさせられた瞬間でもありました。やはりガウディ、只者じゃないですね。
ガウディの没後から100年近く経とうとしている今、当時から技術も進化し、時代背景も人々の価値観も大きく変わっているはずです。にもかかわらず、なお世界中の人々を魅了し続けるガウディ建築。バルセロナが持つ光のアイデンティティのひとつと言っても過言ではないかもしれません。
都市整備の進むバルセロナを照らす街のあかり
バルセロナの街というのは、19世紀頃から計画的に都市が整備され続けており、その大部分が碁盤の目のようなグリッド状になっているのが特徴です。一方で、バルセロナ観光の中心となる旧市街は、道が細く入り組んでおり、保存された昔の街並みとの共存も図られています。
日も暮れ始めると、バルセロナの街のあちこちで街灯が灯ります。
旧市街の路地に入ると、あかりはもっぱら外壁に直接取り付けられた意匠的なブラケットライトでした。細く直線的な路地に連続して光が配置されることで、そのパースペクティブが強調されていて、旧市街のやや陰気な雰囲気を変える十分な明るさで周辺を照らしています。バルセロナは犯罪率も決して低くはないため、観光客にとって、明るさが十分に確保されていることで少し安心して歩くことが出来るので、とてもありがたく感じました。
街のランドマークであるサグラダファミリアもライトアップされており、夜の街並みにおいてもその存在感は際立っています。碁盤の目のように整備された街ではどこへ行っても似たような風景になることが多く、夜において、こういった大きなランドマークは、バルセロナの街を歩く上でも重要な役割を果たします。
道路を挟んだ対面の公園には、建築を照らし出す複数の投光器が設置されていました。異なる色温度の光をうまく混色しながら、コントラストをつけて照らしています。シンプルな手法ではありますが、遠くから眺めたときに暗い夜空に特徴的な建築のフォルムが浮かび上がる姿が印象的でした。
街のメインストリートであるランブラス通りでは、夜もたくさんの観光客や地元の人々で賑わいを見せていました。やはりメインストリートということもあり、他の通りよりもずっと明るい印象です。
通りの両端には、有機的な意匠で重厚感のある、賑わいのある街灯が配置されていて、車道付近を明るく照らしています。また、それを補うかのように、今度は細く直線的なモダンなデザインのポール灯も設置されており、下方へ制御された光によって、人々が歩く通り面をしっかりと照らしていました。
スタイルも異なる街灯がいくつも混在していて少し戸惑いましたが、細かいことに囚われず、自由な発想で物事を前に進めていくバルセロナならではの光景なのかもしれませんね。
ランブラス通り沿いには、露店のバルも多く立ち並んでいました。バルというのは、スペイン語で「酒場、居酒屋、軽食喫茶店」のような場所を意味し、一杯飲みながら語らい合うコミュニケーションの場として位置付けられています。
これら露店のバルの多くが、競い合うように明るいLEDの光でお店を煌々と照らしていました。個人的には、こうした光がストリート全体の雰囲気を壊してしまっているようで少し残念な気持ちになりました。しかし、光の美しさの良し悪しは別として、人々の生活や文化でよって形作られるこうした風景こそが、長い時間をかけながら、その街の「光のアイデンティティ」となって定着していくのかもしれません。
ガウディだけじゃない!バルセロナの建築、アート
もちろん、バルセロナの街はガウディの建築だけというわけではありません。
例えば、長い歴史を持つバルセロナにも他の街に負けない規模のバルセロナ大聖堂(サンタ・エウラリア大聖堂)があります。以前は入場無料だったのですが、観光客抑制のため、現在は有料化されているようです。
教会内部は15世紀半ばに建造されたもので、現在その内部はライトアップによって美しく浮かび上がっています。使用する色温度にもコントラストが設けられており、サイドや低い位置では低色温度なのに対して、祭壇へと続く中央の天井部分ではやや高色温度で照らされていました。これまで見てきた大聖堂に比べると、室内へ入り込む外光は思ったより少ない印象ですが、ライトアップを意識してあえて光量を制限しているのかもしれません。
ちなみに、こういった大聖堂や教会を訪れると、1ユーロ程度を寄付の代わりに、キャンドルに火を灯すような光景をよく目にするのですが、この大聖堂ではなんとそのキャンドルがLED化されていました(!)
火事になるリスクを考えると良いのかもしれませんが、本来、炎のゆらぎの中に、生命のはかなさや動きを感じるもの。電子的な点灯のみでは、少し味気無さも感じてしまいますが、これもまた時代の流れの中での変化のひとつなのかもしれません。
こうした伝統的な建築とは対照的に、現代的な技術を取り入れたアートも街のあちこちに存在します。
サグラダ・ファミリアからさらに東へ進んだところにあるDHUB museum plaza(バルセロナ・デザイン美術館)の光のインスタレーションもそのひとつです。2013年にDavid Torrentsとartec3 Studioの作品として設置されたこのインスタレーションは、音に反応して床面の光の色や明るさが変化し、パターンを作り出すインタラクティブな仕掛けになっています。
【BruumRuum! A project by David Torrents and Artec3】
https://vimeo.com/68599586
声が光に変換されて遠くに飛んでいくようなビジュアルなので、子供も大人も一緒になって大声で叫んでみたり、床の光を踏んでみたり、飛んだり跳ねたり、楽しそうにしているのがとても印象的でした。
また、この近くには、同じく2013年にリニューアルされた、14世紀から続くフリーマーケット会場Mercat dels Encants de Barcelona(エルス・エンカンス市場)もあります。天井が全て鏡張りとなっていて、夜訪れると照らされた床の明るさが天井に映り込み、見る角度によって表情を変えたり、まるで天井が光を放っているような感覚になります。
街にはこうしたユニークな建造物やアートがいたるところにあり、夜にぶらりと歩くだけでも伝統的なものから近代的なものまで様々な発見をすることが出来ます。このように観光都市として進化し続けるバルセロナは、これまでの街の歴史や文化を残しつつも、一方では現代的な技術やデザインを取り入れながら、その姿を少しづつ変えています。